森林整備を担う林業と山村の現状
深刻な問題を抱える山村
多様な資源が豊富に存在している山村ですが、過疎・高齢化をはじめ、深刻な問題も抱えています
平成19年9月、国土交通省から全国の山村を中心とした62,273集落のうち、高齢化が進んだ集落など423集落が定住者がいなくなり「今後10年以内に消滅するおそれがある」ことが発表されました。このような集落は「限界集落」と呼ばれています。
山村と言えば、自然が豊かで、静かでのんびりとしており、美しい景色や美味しい郷土料理、特有の伝統芸能・伝統文化などをイメージされる方も多いと思います。都市に住む人々にとっては、魅力の多い山村ですが、今、山村では過疎・高齢化をはじめ、さまざまな深刻な問題を抱えています。
山村の問題は森林の荒廃と関係している
日本の林業のおもな担い手は「山村」の人たちです。林業を営む山村の人たちは木材、きのこや山菜、木炭などの特用林産物を生産するだけでなく、生産活動に伴い、森林を適切に手入れしています。つまり、森林を健全に保つことにも貢献していることにもなります。
健全な森林は、地球温暖化防止をはじめ、土砂災害を防ぐ「国土保全機能」、洪水を防ぎ、美味しい水を供給する「水源かん養機能」などの「公益的機能」を発揮します。そして、私たちは、その恩恵にあずかっています。
しかし、日本の所々で森林が荒れており、公益的機能が低下しているということをしばしば聞くようになりました。森林荒廃は山村の問題に起因している面もあるようです。
スギ1本の価格
第二次世界大戦後、戦時中の乱伐等の理由で、森林が荒廃し、木材が枯渇していました。その後、政府の拡大造林政策等により、国土の緑化・復興と将来の木材利用のために植林が盛んに行われました。造林された育成林(人工林)は、約1000万ha。国土面積の3割を占めています。その中でもスギは全国的に植えられおり、北海道南部以南の日本の各地で見られます。そして今、木々が成熟し、日本ではスギを中心に木材資源が豊富になりました。収穫して使うべき時代になったのです。
40年かけて育てたスギも1本当たり684円にしかならない
しかし、山林に生えているスギ1本(立木価格)は684円(※1,2)。40年以上かけて育成してきたスギが、大根やごぼう数本程度の価格にしか相当せず、林業の採算性の悪化が続いています。
ちなみにスギの立木価格のピークは昭和55年の1本あたり5,976円です。その当時と比べて10分の1程度の価格になってしまいました(※3)。
収穫期の森林を保有している林家に対し、今後5年間に伐採を実施するかどうか意向を聞いたところ、実施する考えがないという林家が半数以上を占め、その理由の7割は経済的な理由(採算が合わないから)でした。
※1 スギの価格(立木価格)は1m3あたり2600円。スギ1m3はスギの木3.8本分に相当するので684円(40年生のスギの幹の直径を21.5cm、樹高を14.8mとした場合)。
※2 立木価格のデータ出所は一般財団法人日本不動産研究所「山林素地及び山元立木価格調(平成24年3月末現在)」
※3 木材価格下落の原因は、木材需要の減退、木材輸入の自由化や円高に伴ない外国産材の競争力が高まったこと等。また、日本の林業は小規模分散型であるため大量の木材を安定的に供給できないため需要が減ったことなど、さまざまな原因があると言われています。
林家の収益
立木の価格低迷の中、山林を保有する林家の経済状況はどうなのでしょうか。農林水産省の調査(林業経営統計調査)によると、家族で林業を経営しており、20ha以上の山林を保有している林家(=比較的広い森林を保有する林家)の経営状況(平成20年調査)を見ると、林業経営費は168万円、林業粗利益は178万円です。つまり、林業所得は年間で10万円という計算になります。
これでは林家が家族が生活できるだけの収入になりません。森林所有者の林業に対する意欲が低下するのももっともなことだと思います。
このような現状のため、林家において相続を契機として、経営規模を縮小したり、後継者が林業経営自体を放棄する例もみられています。
山村の生活環境基盤整備が遅れ、人々は都市へ流出
人の手が入らず放置されると森林は公益的機能を失ってしまう
山村の多くで、生活環境基盤の整備が遅れています。役場や医療機関、スーパーマーケット等の生活関連施設や学校、図書館等の教育施設等が、住居から遠くに位置しています。国土交通省の調査では「近くで食料や日用品を買えない」「近くに病院がない」、「子どもの学校が遠い」、「携帯電話の電波が届かない」などの声が上がっており、生活の不便さから、山村の人々が都市に移住するケースが見られます。
さらに、過疎化が進むと、集落の衰退や消滅につながり、結果として、整備が十分には行われない森林や放置される森林が増加し、森林の公益的機能の低下が危惧される状況となっています。
私たちの子孫に山村の健全な森林を残す取り組み
森林の恵みを将来にわたり持続的に受けるためには、日本の森林を健全に保つ必要があります。その主な担い手が林業を営む山村の人々です。国や地方公共団体、都市の企業等がサポートしながら、山村の人々生活環境を整えるとともに、森林・林業に関わる人々が安心して山村に定住し、林業生産活動等を継続できるようにする条件を整えることが課題となっています。
具体的には、都市の企業と山村の人々が協働し、若者にとって魅力ある山村をつくっていくこと、雇用の機会を増やすこと、都市住民のUJIターン(※)を増やし、山村への定住を促進することなどが挙げられています。
※「UJIターン」は大都市圏の居住者が地方に移住する動きのこと(総称)。Uターンは出身地に戻ること、Jターンは出身地の近くの地方都市に移住すること、Iターンは出身地以外の地方へ移住すること。
近年、都市住民が休暇等を利用して山村に滞在し、森林の下刈や間伐、炭焼き、きのこや野菜の収穫作業等を行ったり、紙すき等の伝統工芸を体験する取組を行うなど、山村の豊かな自然環境や伝統文化を活かした都市との交流が各地で実施されています。このように都市と山村が交流を図ることは、都市住民が健康でゆとりある生活を実現することや、山村や森林・林業等に対する理解と関心を深めることに貢献しています。こうした都市と山村の交流は、これをきっかけとして、都市住民のUJIターンを促し、山村への定住を促進することにつながります。
また、山村住民にとっても特用林産物や農産物の販売による収入機会や、宿泊施設や販売施設等への雇用により就業機会が増えることにつながります。さらに、山村の人々は交流を通じて自らが生活する地域について再認識する良い機会にもなります。
山村の活性化に向けて
山村には、森林資源をはじめとする特有の資源が豊富に存在しています。これらの資源を活用することにより、山村が活性化する可能性は大きいと言われています。
森林のもたらす恩恵(森林の持つ公益的機能)を将来にわたって享受するために、山村の活性化が重要視されており、国の各省庁がその対策に取り組んでいます。
農林水産省では、未来に残せる森林づくりに向けた人材(フォレスター、森林施業プランナー、フォレストマネージャー等)の育成 、地域資源を活用して、新事業を創出する6次産業化の推進などを行なっています。また、昨年4月には東京農業大学を中心として、都市との交流を通じた農山村支援を行う「農山村支援センター」が設立され、都市の企業と農山村との連携による双方の問題解決に取り組んでいます。
※参考:山村の少子化、高齢化、過疎化により、伝統芸能・文化(国の重要無形民俗文化財等)の消滅も危惧されています。これらを未来に残せるよう後継者や指導者の育成・確保などの伝承活動も行われています。
〔参考資料/引用〕
●林野庁「森林・林業白書」 ●一般財団法人日本不動産研究所「山林素地及び山元立木価格調(平成24年3月末現在)」●国土交通省「国土形成計画策定のための集落の状況に関する現況把握調査」
●木と木材が分かる本(日本実業出版社)