シカ問題 -食害の現状と対策-

愛らしいシカの写真

愛らしいシカですが、森林や農作物への食害が問題となっています

近年、シカをはじめとする野生動物の数が増えています。それに伴って森林や農作物への食害、感染症の媒介、交通事故など、わたしたちの暮らしに関わるさまざまな問題も大きくクローズアップされるようになりました。特に、シカの食害は深刻な問題で、林業や農業などへの経済的な影響を及ぼすとともに国土保全や生態系保全への影響も無視できなくなっています。シカ問題は、鳥獣保護・動物愛護も踏まえた観点も含まれており、解決が難しくなっています。

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シカによる森林被害の現状

野生動物による農作物や森林への被害が注目されるようになったのは、30年ほど前からです。林野庁の2022年度のデータによると、全国で約4,600ヘクタールが被害を受けており、そのうち森林は約3,300へクタールでそのおよそ7割がシカによるものとされています。

※森林・林業統計要覧

シカによる食害の現場写真

樹皮を食べるシカ。木はやがて枯れてしまう

シカは北海道から沖縄県まで全国に生息しており、森林内や林縁、伐採跡地等を餌場としていています。飢えれば何でも食べる旺盛な食欲によって、シカの口が届く高さの枝葉や下層植生がほとんど消失している場合もあります。また、植林されたばかりの植栽木が食べられてしまったり、下層植生の消失や踏み付けに伴なう土壌流出等、深刻な被害も起こっています。

問題の原因は、シカやイノシシといった野生動物の数が増えるとともに、生活範囲が広がったことにあります。特にシカの生息分布は1978年以降大きく拡大しており、2014年までの36年間で分布域が約2.5倍に拡大するなど深刻な状況になっています。シカが増えた結果、農作物や森林へのかなりの被害が各地で起きるようになってしまいました。さらに、シカの数が増え続けると、食害が広がり、森林生態系への影響も懸念されています。

スギ人工林におけるシカの剥皮害の写真

スギ人工林におけるシカの剥皮害(滋賀県)


シカの食害を受け成林が見込めないヒノキ植林地の写真

シカの食害を受け成林が見込めないヒノキ新植地(静岡県)


シカ食害による土壌流出の写真

シカ食害による土壌流出(長崎県)


シカが引き起こした土砂災害

シカが土砂崩れを起こした山の山腹の写真

シカの食害で植生が失われ土砂が流出

東京の奥多摩町のある山林では、植栽した苗木がシカに食害されたため、再度、植栽を行いました。ところが、またシカに食べられてしまい、さらにもう一度・・・というようなイタチゴッコを繰り返しているとのこと。そのうちに下草も食べてつくされてしまったため、土や岩がむき出しになり、地盤が弱くなってしまいました。そのとき、運悪く集中豪雨に見舞われ、土砂崩壊が起こり、水道の取水口をふさいでしまうという災害が起こってしまいました。

お花畑がキャベツ畑に!?

東京都最高峰である雲取山では、防火帯と呼ばれる切り開かれた場所があります。かつてはお花畑のように植生が豊かだったのですが、ここでもシカの食害に遭い、シカが嫌いな植物のマルハダケブキだけが残り、まるでキャベツ畑のようになってしまったとのことです。

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シカの数が増えた原因

シカ(ニホンジカ)は、イノシシやヒグマ、ツキノワグマと同じく、日本の森に住む大型の動物です。昔から人間と関わりが深く、縄文時代や弥生時代には肉や皮、角を利用していました。江戸時代には、人口が増えて農地が広がる一方で、シカの生息地が減っていきました。また、農作物を守るための対策や狩猟も行われていたので、シカの数は減少傾向にありましたが、全体としては安定していました。

しかし、近代になると、戦争の影響でシカの肉や毛皮が軍需で必要とされ、乱獲が進み、ニホンジカの数が大幅に減ってしまいました。第二次世界大戦後には、山林が荒れて野生動物の姿がほとんど見られなくなりました。

法令によるシカの保護

この状況を受けて、戦後の1948年には雌ジカの狩猟が法律(鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律)で禁止されるなどの保護活動が行われました。 1994年には、北海道や長崎県対馬などで、雌ジカの狩猟が解禁されましたが、全国での解禁は2007年になってからで、その間にシカが増え、被害が拡大しました。また、最近では狩猟者が減り、高齢化や地方の過疎化が進む中で、シカの数は急激に増え、被害は拡大しています。

シカの高い繁殖力

シカは繁殖力が高く、栄養状態が良ければ、1歳で8割以上の雌が妊娠するため、シカの数は年々増加し、その分布も広がります。さらに、シカは好きな植物が減ると、アセビ等を除く、有害な成分を含む植物までも食べつくして増えることができる強い繁殖力をもっています。環境省によると、令和4年度末の本州以南のニホンジカの個体数は約250万頭とされています。

シカの天敵が不在

シカは繁殖力の高い動物ですが、昔は日本オオカミなどの捕食者(天敵)がいたため、生態系の中でバランスが保たれていました。そのオオカミが絶滅してしまったことが、シカの数が増大した原因の一つとなっています。

※オオカミを滅ぼしてしまった人間が、そのオオカミの代わりにシカを一定数に減らして、健全なバランスを保つことも必要なのかも知れません。


ニホンジカの分布域

森林における鳥獣害対策について(令和5年11月/林野庁)より

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シカによる森林被害の原因

シカの雑食性

シカは、ウシのように「反すう」という消化方法で知られる草食動物です。シカは草や木の新芽、葉、茎、花、つぼみなど、ほぼすべての植物部分を食べてしまいます。畑の作物だけでなく、毒があるアセビなどを除けば、森の地面に生えている植物の若芽や葉も食べ尽くします。さらに、植物を食べつくすと、樹皮を剥いで食べ始めることもあります。このため、造林地の苗木や森林の下草が壊滅的な被害を受けたり、スギの苗木が何度も食べられて枯れてしまったり、樹皮を剥がれて枯れたり、正常に育たなくなる木が増えたりしています。

シカの食糧難

シカの越冬期の主食はササであり、本来はスギやヒノキではありません。周辺にササが多いところでは林業被害は少ないようです。シカは相当に過密な状態になっています。東京都では平成5年~平成16年の12年間で400頭から2000頭(5倍)に増えました。その結果、エサが不足し、特に冬のエサの少ない時期には枯葉まで食べているようです。胃の中を調べると主食であるササが年々少なくなる一方、シカが本来あまり食べない針葉樹や栄養価の低い枯葉や樹皮が増加し、栄養状態はかなり悪いようです。シカは食べるものがなくなり、植林されたスギやヒノキの樹皮も食べるようになったことが、林業被害が広がっている理由の一つのようです。シカもひもじい思いをしながら耐え抜いているののかも知れません。

物理的対策の限界

農作物の被害を防ぐために、苗木や作物をシカから守るための柵が設置されていますが、山全体を囲むのは難しいため、すべての被害を防ぐことはできず、シカによる被害が続いています。

被害は人工林だけでなく、天然林へも広がっている

被害は人工林だけでなく、天然林へも広がっている

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岩手県の成功事例

岩手県では6000頭いたシカを3000頭程度まで減らすことにより、農林業の被害額を劇的に減らすことができました。このグラフはそのときの捕獲頭数と被害額の推移を表したものですが、93年までの5年間は捕獲しているにも関わらず被害額が増えていますが、それ以降は急激に減っています。なぜでしょうか?

岩手県のシカの駆除頭数と被害額の推移

岩手県のシカの駆除頭数と被害額の推移

シカはいわゆる「一夫多妻」です。そして1年に1回1頭のみ出産します。単純に考えれば、毎年大人のメスシカの頭数と同じだけ子が生まれて増えていくわけです。そのためシカ問題を捕獲により解決しようとする場合は、メスをを捕獲することが必要です。オスを捕獲しても残ったオス一頭で「一夫多妻」制になるだけで、オスを捕獲しても効果はないのです。上のグラフを見ても、メスの捕獲頭数がオスの捕獲頭数を超える1993年以降は被害額が劇的に減っています。


ニホンジカと森林と人の暮らし

ニホンジカは、日本を中心に中国など東アジアなど広く分布している哺乳類で、ウシやヤギと同じグループに属します。北海道に住むエゾシカ、本州にいるホンシュウジカ、九州や四国のキュウシュウジカ、そして屋久島のヤクシカなど、すべてニホンジカの仲間で、それぞれが少しずつ違う特徴を持つ亜種です。

日本では古代から人々とシカは深い関係を持ってきました。旧石器時代には、狩猟採集をしていた人たちがシカを含む森の動物たち(クマ、イノシシ、アナグマ、タヌキ、ウサギなど)の肉や毛皮、皮、骨、角を利用して生活していたと考えられています。

例えば、旧石器時代の船久保遺跡(神奈川県)では、シカやイノシシを捕らえるための落とし穴が見つかりました。また、縄文時代の遺跡である戸井貝塚(北海道)や二ツ森貝塚、三内丸山遺跡(青森県)、里浜貝塚(宮城県)などからは、シカの骨や角で作られた釣り針や装飾品が発掘されています。弥生時代の銅鐸にもシカ狩りの様子が描かれているのが有名です。

シカと人間の関係が変わり始めたのは、農業が始まったころです。18世紀前半には、幕府直轄の放牧場であった小金牧(現在の千葉県北総地域)で、将軍たちがシカの駆除のために大規模な狩りを行いました。シカは農地を荒らす厄介者とされ、その後もこの関係は続いています。

一方で、シカ肉は仏教の影響で制度上は禁止されていた時代にも、「薬喰(くすりぐい)」として滋養のある肉が薬として食べられていました。このように、シカとの関係は長い歴史を持っています。

〔参考〕森林総合研究所 季刊 森林総研 No.57「シカと森の現在(いま)」

〔参考文献・出典〕
森林総合研究所 季刊 森林総研 No.57「シカと森の現在(いま)」/森林被害の写真…林野庁「森林における鳥獣害対策について」/林野庁「森林・林業白書」/森林総合研究所「深刻化するニホンシカによる森林被害」/東京都農林総合研究センター/社団法人国土緑化推進機構「ぐりーんもあVol34」


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