桶や樽は私たちの生活と深く関わってきました。しかし、その違いを知る人は多くないようです。桶や樽について調べると先人たちの素晴らしい知恵を垣間見ることができます。
醤油醸造用の杉の木桶(キッコーマン醤油工場/兵庫県高砂市)
人類が樽や桶などの容器を作り出したことにより、果実や穀類を貯蔵し、さらに発酵させて新たな食品を作り出すことができるようになりました。日本では奈良時代までさかのぼりますが、現在のように木片を竹のたがなどで、しめたものが使われるようになったのは、室町時代になってからです。
樽や桶は、戦前までは木材を使ったものがほとんどでした。今では、プラスティック製やステンレス製が主流です。しかし、醤油の桶や酒樽などは、今でも変わらず使われています。その理由は木が醸造や保存に適しているからです。
木製の器は、ほか素材の器に比べて、外気温変化の影響を受けにくい特性があります。醤油やお酒の熟成は微生物の作用で進行するため、年間を通じて一定の温度を保つ必要があります。木の樽や桶では、木の断熱・保温機能が働き、熟成に適した環境をつくります。
ポリエチレン容器からはフタール酸と呼ばれる環境ホルモンが、塩化ビニールの容器からは発ガン性物質(ポリエチレングリコール)が、ステンレスからはクロムなどが溶け出す可能性が指摘されています。木の樽や桶では、有害物質が出る危険がないので安全と言われています。
浜松南区役所受水槽
最近では酒などの醸造以外にも木の樽が使われるようになってきました。たとえば、ビルやマンション等に必要な飲料水用のタンクは、これまで鉄や強化プラスチック製のものが主流でした。しかし、最近は木製の水槽(木槽)が注目されています。木槽は、鉄や強化プラスチックに比べてさびや藻の発生が少なく、水の腐敗がないという利点があるからです。
ところで、桶と樽はどう違うのでしょうか。 通常、桶は蓋がなく側板に柾目材を使い、樽は蓋があり板目の板を使っています。 丸太の中心から半径の線に沿って木取りをする柾目(まさめ)板は、水分をよく吸収する性質があります。そのため貯蔵を主な目的としない風呂桶、手桶、鮨桶などに、柾目板が使用されています。特に風呂桶や手桶など、中身の出し入れが頻繁にあり、乾燥と湿潤の使用環境の変化が大きいものは、耐久性・抗菌性のあるヒノキやサワラなどが使われます。
寿司を作るときに使う桶(飯台)は寿司飯の水分を適度に吸収してくれる柾目板で作られています。 また、柾目板は、適当に水分を蒸発させて酸素を取り入れ香気を出すため、醸造用にも用いられます。
一方、丸太の年輪を切断するように木取りした板目板は、水がしみ出したり、蒸発しにくい性質があります。酒や醤油などの貯蔵(=中身を入れっぱなしにする)目的としてつくられた樽は板目の板で作られています。特に、日本酒を入れる樽には杉が用いられ、杉が持つ独特な「木香」が付加され、さらに酸化作用による香気が酒の味を良くします。
これらの例は、木材の樹種による特性と柾目と板目の性質を上手に利用した例です。先人たちは、それぞれの素材の性質を十分に見極め、使い分け、その用途に最適なものを作って、使ってきたのです。