保護すべき森林 使うべき森林

環境保護と木材産業の両立を考えるときには、「保護すべき森林」と「使うべき森林」を混同しないで分けて考える必要があります。

日本初の世界自然遺産「屋久島」

屋久島は日本の縮図

屋久島は、九州本島から南へ約60kmほどの海上にあります。島の面積は約500平方km。車ですと約2時間で一周できてしまうほどの小さな島です。しかし、この小さな島には、北海道~九州までの自然環境がギュッと凝縮されており、屋久島は「日本の縮図」と言われます。

屋久島の写真

南国のような屋久島の海岸(屋久島/永田いなか浜)

屋久島は、小さな島の中に宮之浦岳を主峰とする標高1000mを超える峰々が46もそびえています。そのため、海岸部は南国のような亜熱帯ですが、山頂付近は北海道のような冷温帯・亜寒帯になります。標高が高くなるとともに亜熱帯から亜寒帯気候へ次々と変化するのです。これが、屋久島が日本の縮図と言われる所以です。そして、気候の変化は、植生をはじめ、自然環境の変化をもたらし、自然環境の変化は、豊かな生物多様性をもたらします。


人々を癒し、魅了する「洋上のアルプス」

宮之浦岳

また、屋久島は「洋上のアルプス」とも呼ばれるほど、素晴らしい景観を呈しています。

現在、屋久島でガイドをしているスティーブ・ベルさんは、初めて屋久島に行った時、屋久島の自然に魅了され、たった10分で屋久島で暮らすことに決めたそうです。屋久島は山と木、海が完全な形で揃っており、まるで芸術作品のように見えるとのことです。

屋久島では、樹齢3000年以上(※)と推定されている縄文杉が有名です。宮之浦岳を半日ほど歩いて縄文杉に辿り着いたときの感動はひとしおで、写真やテレビなどのメディアでは、感じることができない迫力があり、ときには、人生観が変わるとおっしゃる方もおられます。

※調査方法により2500年~7200年と幅があります。

また「もののけ姫の森」として、広く知られるようになった白谷雲水峡には、樹齢3000年と言われる弥生杉をはじめ、多くの大木とともに原生林が広がっており、人々に癒やしと感動を与えています。

白谷雲水峡の写真

アニメ映画「もののけの姫」の森のモデルになったと言われる「苔むす森」
(写真:屋久島 白谷雲水峡/MOTA TOP wallpapers)

※「もののけ姫の森」は、あまりに多くの観光客が訪れ、林床を踏み荒らしてしまったため、荒廃が目立つようになりました。2008年には看板は取り外され「苔むす森」に呼称が変更されています。

森林は芸術作品のように人々を魅了し、感動させ、人々の心を癒やすほどの効果があるのです。森林のこのような効果(機能)は「景観・風致機能(文化機能)」、「療養・保養機能(保健・レクリエーション機能)」と呼ばれています。


豊かな生態系「東洋のガラパゴス」

屋久島では、所々で、むき出しになった根を見かけます。大地が岩石でできているため、樹木は地中に根を張ることができないからです。樹木にとっては厳しい環境です。一般に杉は長くても500年程度の寿命です。しかし、屋久島は厳しい環境であるにも関わらず、樹齢1000年を超える「屋久杉」がたくさん生育しています。

紀元杉の写真

紀元杉(推定樹齢:3000年)

その理由は、海からの湿った風が山肌を駆け上がり、大量の雨を降らせるからです。屋久島は1週間に8日雨が降るとも言われるほどよく雨が降ります。湿った大地は苔に覆われます。日本に自生する1600種の苔のうち600種ほどが屋久島に生育すると言われています。

1914年に屋久島を訪れたアメリカの植物学者のウイルソンは「ここは苔の王国だ。コケ類たちが、花崗岩や切り株、朽ちた木の幹をすきまなく覆い、森を築いている。」とおっしゃいました。岩だらけなのに屋久島に長寿の木が多く、豊かな森が育まれるのは、苔がスポンジのように水を保ち、乾燥を防ぐだけでなく、雑菌を寄せ付けずに、種や木々を病気から守っているからと言われています。

さらに、屋久島の豊かな自然環境の中で、1500種以上もの動植物が棲息・生育し、固有種も多いことから「東洋のガラパゴス」とも言われています。このように森林は、生物多様性を保全する役割を担っているのです。


保護すべき森林

屋久島の大地は岩でできており、土壌が貧弱であるため、杉はゆっくりと成長します。普通の杉が1年間に1cm幅の年輪を作るのに対し、屋久杉は1ミリと言われています。そのため幹の密度が高くなり、腐食されにくくなるため、長寿の大木が育つのです。

屋久杉伐採の昔の様子

かつて、屋久杉は斧で切り倒すのに7人がかりで10日もかかったそうです。その後、チェーンソーが導入されると20分足らずで、切り倒せるようになったと言われています。

戦後には、国の計画により、屋久杉が大量に伐採された時期がありました。耐久性のある屋久杉は、建材として重宝したのです。しかし、海外から安い木材が入るようになり、環境保護の気運も高まって、屋久杉は保護されるようになりました。

1914年(大正3年)にウイルソンは、日本人ガイドを6人引き連れて屋久島に入りました。そして、写真を撮影しながら、100年後にこの風景、この自然環境が残っているのかどうかということを危惧されていたとのことです。そして、日本人のガイドに言いました。「屋久島の山は、今まで見たこともないようなとても大事な貴重な山。あなたのような若い青年が屋久島も守っていかなければいけないよ。」今年はウイルソンが屋久島を訪れてからちょうど100年。彼が一目で見抜いた屋久島の貴重な自然は、その後、学術的にも、景観上も素晴らしく、未来に残すべき価値があることが認められ、1993年に日本で始めて世界自然遺産に登録されました。それから20年経ちました。今や屋久島は小さくとも、価値ある大きな島となり、世界中の人々を魅了しています。


使うべき森林

育成林(人工林)はいわば「木の畑」であり、木材生産のために造林されています。写真は兵庫県神崎郡の峰山高原

昨年行われた民間のアンケート調査結果で、半数以上の人が「木を伐ることは(無条件に)悪いことだ」と回答されたとの記事が林業系専門紙に掲載されていました。木づかいの普及活動をしている私たちにとっては残念な結果でした。

森林には、屋久島のように大切に保護されて、その価値を発揮するものと、使われて価値が発揮される森林があります。使われて価値が発揮する森林は「育成林(人工林)」です。木材生産等のために、人の手で植えて、育てて、収穫する、収穫したら次の世代に資源を残すために、再び植林するという言わば「木の畑」です。木材は伐っても植えれば、繰り返し生産できる資源(持続可能な再生可能資源)です。この森林のサイクルが正常に循環すれば、生物多様性の保全、国土の保全、水源かん養などの機能も発揮されます。環境保護と木材産業の両立を考えるときには、「保護すべき森林」と「使うべき森林」を混同しないで分けて考える必要があるのです。


〔参考・引用〕
屋久島世界遺産センターHP/NHK「外国人を夢中にしたニッポン」/一般社団法人日本林業協会「森林と林業(2013年12月)」/wikipedia/林野庁HP