栗(くり・クリ)
ブナ科クリ属
北海道南部、本州、四国、九州に分布
クリ(栗)は、日本全国で見られるブナ科クリ属の落葉広葉樹です。イガを持つ実を落とし、現代人は、秋の味覚として親しんでいます。また、クリ材は知る人ぞ知る優良材で、縄文時代から食料だけでなく、建築材としても積極的に利用されてきました。今でも、鉄道の枕木や世界遺産の合掌づくりの主要部材として使われています。
クリの天然林
(群馬県赤城山)
栗の雄花。初夏に咲き、特有の匂いがする
栗の雌花
クリの果実はトゲトゲのいがが特徴
葉はクヌギとよく似ている
クリの樹皮は縦に裂ける
クリの材鑑
クリの名の由来
クリの名の由来は、実が黒褐色になるので「黒い実」→「黒実(クロミ)」→「クロ」と呼ばれるようになり、これが転じて「クリ」となったという説が有力なようです。また、古い時代には、「石ころ」のことを「くるくる」と転がるため「クリ」呼んでおり、クリの実も「くるくる」と転がることから「クリ」と呼ばれるようになったという説もあります。いずれにしても「クリ」という音が古くから日本で親しまれてきたようです。
※他にも、クリの実は殻の中に組み合わさって実が並んでいることから、「組み合わさる」を表す「く」と「状態」を表す「リ」を合わせて「クリ(組み合わさっている状態)」となったという説もあるようです。
クリの学名「Castanea crenata(カスタネア・クレナータ)」の「Castanea(カスタネア)」は、フランス語の「châtaigne(シャテーニュ)」に相当し、英語では「Chest(チェスト)」です。そのため、英語では、実を意味する「nuts(ナッツ)」と組み合わせて、クリのことを「chestnut(チェストナッツ)」といいます。なお、楽器の「カスタネット」は、クリの木から作られ、学名のCastanea(カスタネア)」が語源となっています。
クリのことを「マロン」と呼ぶこともありますが、これはフランス語の「マロニエ(トチの木)」がルーツです。「マロン」はトチの実のように一つの果皮(イガ)に一つの実が入っているものを意味し、クリのように複数の実が入るものを「châtaigne(シャテーニュ)」と呼んで区別しています。 マロングラッセ(栗の実のシロップ漬け)は、もとはトチの実でつくっていたといわれています。しかし、トチの実はアク抜き等手間がかかるため、クリを品種改良し、トチの実のように一つの果皮の中に大きな一粒の実がなるクリが生まれ、それを「マロン」と呼ぶようになったようです。フランス語の「marron(マロン)」には「トチの実」とともに「(食用の)大きなクリの実」の意味もあります。
縄文時代は「クリ」の時代
日本は「木の文化」を育んできた国といわれ、主に杉(スギ)や桧(ヒノキ)などの針葉樹とともに歩んで来ました。一方、広葉樹もその例外ではなく、ブナやナラ、クリなどが身近で使われてきました。
三内丸山遺跡の大型掘立柱建物はクリ材で建てられていた(縄文時代前期)
中でもクリは縄文時代から、食材や木材として使われており、特に「縄文はクリの時代」といわれるほどよく使われてきたことがわかっています。集落の周りではクリの栽培が行われていたようで、クリ林が見つかっています。縄文の人々は、ナラやブナを伐採し、食料とするため、大きな実をつけるクリの木を選んで集落の周りに植えられていたようです。
※縄文時代の遺跡のクリの殻のDNAを分析したところ、当時の人が特性のよいクリの実を撒いて、選抜を行っていたことが推定されました。
桃「栗」3年…といわれるように、クリは成長が早く、実が安定して収穫でき、炭水化物を豊富に含んでいるため、稲作が普及する前の縄文時代の人々にとって、クリはクルミとともに重要な食糧でした。
木材としてクリ材は、水湿に強く、腐りにくく、しかも割りやすく、加工が比較的容易にできることなどが、古くから使われてきている理由といわれています。三内丸山遺跡では、クリの大木で組まれた建築物の跡が発見されシンボル的な存在になっています。また、遺跡の調査によると、丸太材を半割にして、円形に並べたウッドサークルや住居跡、低地に打ち込まれた杭群、水場遺構、漆器木地や各種木器、薪などのほとんどでクリ材が使用されていることがわかりました。また、ゴミ捨て場から出る炭化材の80%はクリであったという調査結果(※)もあります。
※三内丸山遺跡(縄文時代前期)の調査
さらに、住居の炉跡に残る燃え残りの炭などもほとんどがクリで、燃料としても使われていたこともわかっています。
縄文の人々は、栗の実をとって食糧とするとともに、クリの木を伐って木材として利用し、利用したあとは、燃料として利用していたと考えられています。縄文時代の人々はすでに、木材を資源としてカスケード利用していたようです。
もちろん、燃料として、燃やしても、カーボン・ニュートラル(※)の考え方から、大気中の二酸化炭素を増やすことはなく、それが原因で温暖化が起こることもありません。
縄文の人々は、自然の恵みであるクリの特性について、経験により学び、木材のリサイクル性を活かし、すべて無駄なく利用するエコロジーな生活を営んでいたようです。
※一般にモノを燃やすと、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)が発生します。しかし、自然界にあるバイオマスと呼ばれるもの(木や草、穀物など)を燃やしたときに発生するCO2は、もとは大気中のCO2を植物が光合成により取り入れたものです。つまり、バイオマスを燃やしたときに発生するCO2は大気に戻っただけで、長期的にみれば、大気中のCO2の増減はなく、循環しているだけという考え方を「カーボン・ニュートラル」と言います。
※ここでは、三内丸山遺跡(青森県)の例を紹介していますが、全国各地の縄文時代の遺跡からも、クリの大量の出土が見られます。
世界遺産や鉄道を支えるクリ材
合掌づくりの主要部材は主にクリ材が使われている(世界遺産・岐阜県白川郷)
ほとんどの人にとっては、栗といえば、食材としての栗のイメージが強いと思います。しかし、クリ材は知る人ぞ知る優良材です。水湿にすこぶる強く、防虫・防腐処理をしなくても長期間使えるほどの耐久性があります。今でも民家の土台や鉄道の枕木など、強度と耐久性が必要な箇所に使われています。
鉄道の枕木にもクリ材が使われる
世界遺産となっている岐阜県白川郷や富山県五箇山の合掌づくりの主要部材のほとんどがクリ材(※)です。土台や柱をはじめ、台所や紙漉きの仕事が行われる水気の多い土間などにもクリ材が使われています。
※古い時代のものほどクリが多く、最近はクリ材の入手が難しくなってきたため、時代が下るにつれて徐々に代替材に変わってきています。
また、クリ材の強度は鉄道の枕木に使用されるほど強い材です。鉄道の枕木は何年も風雪に耐え、しかも、1本につき約1.5トン(※)もある重いレールの土台となり、車両が安全に通過できるように支えているのです。
※レール1本25m(1mあたり60kg)として計算
クリ材でつくられた製品
クリの古材を使って制作された小物
上記のように、クリ材は非常に丈夫であることは昔から知られており、家を建てるときにも土台にはクリ材が用いられてきました。最近では、クリ材の強さや杢目の美しさを活かした製品も多く登場しています。フローリング材やデザイン家具をはじめ、古民家を解体したときに出る古材を使って味わいのある渋い魅力の木製品を制作している工房などもみられます。
「秋になると食べたくなるもの」のランキング
対象は22歳~69歳の男女。有効回答は1,008人。調査日は2013年9月4日。株式会社ドゥ・ハウス。
右の表は「食欲の秋」に関するWEBアンケート「秋になると食べたくなるもの」の回答結果です。
ランキングの中で、木に関する食材の第1位は「栗」で49.9%。単純に計算すると、日本人の約半数は秋になると「栗」を食べたくなるようです。また、遺跡の調査によると、栗は数千年前の縄文の時代から食材(食糧)や木材として使われていたようです。
なお、ランキング中、木の実、果実など(木に関係する食材)が半数以上を占めています。私たちは木を「木材」として利用しているだけでなく、「食材」として利用し、親しんでいることがわかります。
栗の巨木
材として使うクリの木は、実を採るための栗畑と違い、人が植えたものではなく、山に生えているものがほとんどといわれています。今では、山に生えているクリの木は、少なくなったようですが、全国各地には、多くのクリの巨木が見られ、保護されている木も多くあります。ここでは、そのいくつかを紹介いたします。
名称 | 所在地 | 特記事項 |
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昭和の森のクリ | 北海道 | 野幌自然休養林にある推定樹齢500年のクリの巨木。明治の開拓以降、周辺の木々は伐採されましたが、一番大きなこのクリの木だけは「ご神木」として保護されたとのことです。 |
薬研のクリ大木 | 青森県 | 下北半島大畑町の葉色山国有林内で青森ヒバとブナが混交林の中に、大きな枝を広げてどっしりと鎮座しています。林野庁の森の巨人たち百選に選ばれています。推定樹齢は800年。 |
市野々の大クリ | 岩手県 | 市野々集落最奥の天狗地区。民家裏手の斜面に根をおろしてます。地元では「てんぐさま」と呼ばれ、人々は長いこと神様の木として崇めてきたそうです。推定樹齢650年。 |
日本一のクリ | 秋田県 | 田沢湖抱返り県立自然公園内「抱返り渓谷」の切り立った断崖状の地形に生育。天然のクリの大径木は稀少で、幹周り8.1メートルが日本一といわれています。推定樹齢は200~300年。 |
日根牛の大クリ | 宮城県 | 推定樹齢が300年以上でありながら、樹勢はまだまだ旺盛です。夏には開花し、秋には結実し、たくさんのクリを降らせて、町の人々を楽しませています。 |
豊牧のクリ | 山形県 | 豊牧地区の五郎八沼のほとりの堤防に生えています。護岸工事の際にも伐採されず残されたとのこと。太い幹には、木蔓がからみついています。 |
大井沢の大クリ | 山形県 | 周辺の自然林は、製炭用の原木として、伐採されましたが、巨木のため、伐採を免れたクリの木。推定樹齢800年でありながら、樹勢が旺盛。毎年たくさんの実をつけています。 |
馬頭院の枝垂栗 | 栃木県 | 水戸光圀が巡視の際に、馬頭院に参詣し、記念に常陸国の多賀から珍しい枝垂栗を移植されたとのこと。約15日の間をおいて3回開花するので三度栗ともいわれています。 |
小野のシダレグリ自生地 | 長野県 | 800本以上のシダレクリが純林を形成。突然変異により独特の樹形になったとのことです。特に冬の時期に裸木に雪の降った直後の景観は圧巻といわれています。 |
大洞のクリ | 岐阜県 | 幹には落雷による大きな空洞ができています。頼朝に敗れた木曽義仲の残党今井四郎兼平の夫人が逃れ、この地に住んだ時に植えたといわれています。推定樹齢800年。 |
猫ヶ島の弥四郎の大栗 | 石川県 | 1758年、白山麓の田地開拓時に記念に植えられた栗の木。スキーと温泉のリゾート地にあり、国民宿舎の裏手の自然をそのまま残した林の中で手厚く保護されています。推定樹齢250年。 |
平子のタンバグリ | 広島県 | 推定樹齢500年、冬には枯れ木のようになりますが、樹勢はきわめて旺盛で着果も良好。根元付近には主幹に大きな裂け目があり、かつてはミミズクが棲んでいたとのことです。 |
※他にも、吉ヶ谷の大栗(埼玉県)、秋神温泉の栗(岐阜県)などがあります。
〔参考文献・出典〕
秋岡芳夫著「木のある生活」TBSブリタニカ/日本の原点シリーズ「木の文化」新建新聞社/日本の巨樹・巨木/宝印刷株式会社「ji 2009.summer.Vol.61」/wikipedia